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広島地方裁判所 昭和59年(行ウ)8号 判決 1985年6月04日

原告 更生会社金輪船渠株式会社管財人 小泉圓吾 ほか一名

被告 広島公共職業安定所長

代理人 馬場久枝 小松原明 ほか三名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、更生会社金輪船渠株式会社(以下、更生会社という。)に対し、昭和五八年五月三一日付でした雇用保険法に基づく雇用調整助成金の不支給処分(以下、本件第一処分という。)を取消す。

2  被告が、更生会社に対し、昭和五九年一月一八日付及び同月二三日付でした雇用保険法に基づく雇用調整助成金に関する各処分のうち、右助成金を不支給とする部分(以下、前者を本件第二処分、後者を本件第三処分という。)をいずれも取消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは、更生会社金輪船渠株式会社の管財人である。

2  更生会社は、資本金三〇〇〇万円、従業員数一五〇名余で、常時雇用する従業員数三〇〇名以下の事業主であり、海運不況により事業活動の縮少を余儀なくされたものであつて、雇用保険法施行規則(以下、単に規則という。)一〇二条の三第一項各号に該当する事業主である。

3  原告らは、管轄公共職業安定所長である被告に対して予め休業の実施を届け出たうえ、規則一〇二条の三第一項二号イ(1)(i)の指定期間内に、別紙一覧表<3>欄に記載の各判定基礎期間(同号イ(5)に規定するもの)内(その間の各所定労働延日数は、同表<4>欄に記載のとおり)に、同号イにいう対象被保険者たる従業員らに対して、同表<5>欄に記載のとおり休業を命じ、同表<8>欄に記載のとおり、所定の休業手当(その各金額が規則一〇二条の三第二項一号に定める助成金の対象額となる。)を支払つた。そして、同表<1>欄に記載の各日に、被告に対して、同表<10>欄に記載の額の各雇用調整助成金(以下、単に助成金という。)の支給を申請した。

4  右のとおり、更生会社は、雇用保険法六一条の二第一項一号、規則一〇二条の三に基づき、別紙一覧表の<10>欄に記載の額の各助成金(その額は、規則一〇二条の三第二項一号により、助成金対象額の三分の二)の支給を受ける権利を有する。

5  これに対し、被告は、前記対象被保険者の全部又は一部の者が、別紙一覧表の<6>欄に記載の各延日数にわたつて、各判定基礎期間内の休日の全部又は一部の日に休日出勤を命じられて出勤しながら、振替休日を与えられていなかつたことを理由に、右各休日出勤延日数(人・日)を同表<5>欄に記載の各休業延日数から控除した残日数(同表<7>欄の各延日数)のみが、規則一〇二条の三第一項二号イ(5)に規定する対象被保険者に係る休業延日数にあたると解釈、判定した。その結果、昭和五八年五月一三日の申請に対しては、右休業延日数が所定労働延日数に一五分の一を乗じて得た日数を下回るとして、同月三一日付で助成金の不支給処分(第一処分)をし、同年一二月九日及び昭和五九年一月一一日の各申請に対しては、その助成金対象額及び助成金支給額は別紙一覧表の<9>、<11>欄に記載の各金額であるとして、同表<2>欄に記載の各日に、右金額のみを支給し、同表<12>欄に記載の各金額についてはこれを不支給とする処分(第二、第三処分)を行つた。

6  被告が指摘するとおり従業員らに休日出勤をさせ、かつ振替休日を与えなかつたことは事実であるが、その点に関する被告の右のような解釈は、以下に述べるとおり、規則一〇二条の三の文理に反し、実質的にも不当であつて、これに基づいてなされた本件各不支給処分は違法なものとして取消を免れない。

(一) まず、規則一〇二条の三第一項二号イ(5)に定める「判定基礎期間における対象被保険者に係る休業延日数」の算定に関し、被告の解釈のように、判定基礎期間内に振替休日を与えられないで休日出勤した対象被保険者の休日出勤延日数を控除すべきことは、法令に何ら定められていない。すなわち、規則一〇二条の三第一項二号イ(5)は、休業延日数と所定労働延日数の割合が一定の率以上であることを要件として定めているのみであり、休日出勤については何らの定めもない。また、同条一項二号イ(4)及び同条一項三号には、当該休業が予め労働組合等との間でなされた協定及び予め管轄公共職業安定所長に提出された届出書に従つたものであることを要する旨定められており、この点からすれば、本条項に定められた休業延日数は、前記協定及び届出書に記載された休業実施期間内の休業延日数でしかありえず、休業実施期間外の出勤もしくは休業は、所定労働日のそれであれ休業日のそれであれ、同項二号イ(5)の休業延日数とは無関係である。

従つて、規則一〇二条の三の文理からして、被告のような解釈をする余地はない。

(二) また、被告のような解釈によるときは実質的にも不当な結果を生ずる。

(1) 更生会社の事業は、船舶修理請負業を主体とするものであるが、その事業の特徴として、(イ)すべて受注生産であること、(ロ)受注決定後修理船入渠、工事着工までの期間が一か月もないことがしばしばあること、(ハ)工期が二、三日と短いものがしばしばあること、(ニ)工事には手作業が多く、かつ人手さえ投入すれば工期を延長することなく修理可能箇所を発見できることがしばしばあり、他方発注者は工期遅延を極度に嫌うこと、(ホ)工期遅延は、船舶運航予定に直ちに影響し、発注者たる船主は、予定運賃収入を喪失するという直接的かつ明白な損害を被り、請負人に莫大な損害賠償債務が発生する結果となること、(ヘ)請負代金は、修理船出航から約六か月後になつて漸く支払われるのが常態であること等の諸点が挙げられる。

(2) 右のような事業の常態からすると、休業実施計画準備段階において、判定基礎期間である三〇日間の受注を予測することは不可能であり、また、その間従業員の一部に対し、予定外の休日出勤を命ずべき場合を生じることは避けられない。

従つて、被告の見解によるときは、更生会社としては、判定基礎期間中に発注があつた場合、対象被保険者である従業員に対する休日出勤命令の要否を検討し、併せて予定した助成金を受給するか否かを資金繰りの面から考慮しなければならなくなる(このことは、工事着工後要修理箇所が発見された場合も同様である。)。そして、そのような場合、更生会社としては、早期かつ確実に現金を取得できる助成金の受給を選択して、受注を断ることとなろう。少くとも、本件のような短期間の休業は助成金の受給を条件とする限り立案不可能である。被告の解釈は、労働者の雇用安定の助成を目的とする法の趣旨を滅却し、また、小規模企業にとつて効果的な小規模休業を雇用保険法の適用対象から事実上除外する結果を招来するものである。

7  よつて、原告らは、被告の本件各助成金不支給処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否並びに反論

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち、更生会社が規則一〇二条の三第一項二号イ(5)の要件を充足する旨の主張は争い、その余の事実は認める。同号イ(5)についての被告の解釈の正当性は、別紙「被告の反論」に記載のとおりである。

3  同3、5の事実は認める。

4  同4、6の主張は争う。

三  被告の反論に対する再反論

1  被告は、その反論二の6において、休日出勤に偶発性と合理性がある場合に限り、振替休日が与えられていなくても、右休日出勤日数を休業日数から差引かないこととしている旨主張する。

2  しかしながら、被告は、他方その反論二の5において、休日出勤がどのような事情のもとになされたのかを調査、判定することは実際上不可能であると主張している。右は、一方で休日出勤の偶発性、合理性を問題とし、他方でその判定を不能とするものであつて、自己矛盾の主張というほかはない。

3  更生会社の行つた休日出勤は、偶発性及び合理性を有するものである。

すなわち、更生会社の事業の特殊性は、請求原因6の(二)の(1)に述べたとおりであり、海運不況のため修理船の絶対量が少なく、受注競争が激烈であるため、計画的受注が困難であり、修理船の受注、受注後の入渠時期、入渠後の作業内容・作業量のいずれの点においても偶発性が極めて大きい。

また、休日出勤の合理性とは、制度の趣旨からして、事業主の経営努力によつても偶発的な休日出勤を避け得ない事情を意味するものと解されるところ、更生会社の事業の性格からすれば、その努力のいかんにかかわらず、海運市況が回復し、通常の営業努力によつて計画的受注が可能なような市況になる以外には、前記のような偶発性は回避し得ないものである。

第三証拠関係 <略>

理由

一  請求原因1ないし3及び5の事実(同2のうち、更生会社が規則一〇二条の三第一項二号イ(5)の要件を充足するか否かの点を除く)は当事者間に争いがなく、更生会社が別紙一覧表<3>欄の各判定基礎期間中、対象被保険者(従業員)の全部又は一部の者に対し、同表<6>欄記載の延日数にわたつて、休日出勤をさせ、その振替休日を与えなかつた事実も争いがない。

<証拠略>によれば、雇用調整助成金制度の趣旨、要件等については、概ね「被告の反論」一に記載のとおりであると認められる。

二  本件の争点は、規則一〇二条の三第一項二号イ(5)にいわゆる「判定基礎期間内における対象被保険者に係る休業延日数」の算定に当たり、判定基礎期間内において、所定労働日に休業を実施するとともに、他方で振替休日を与えることなく休日出勤が行われた場合に、その休日出勤延日数を休業延日数から控除すべきか否か(右条項に定める休業延日数とは、現実の休業延日数ではなく右控除後の日数と解すべきか否か)にあるので、以下この点について検討する。

1  まず、前記条項には、「休業延日数」とのみあつて、振替休日が与えられることなく休日出勤が行われた場合には、これを控除した日数をもつて右休業延日数と解すべきことを直接定めた規定のないことは原告ら指摘のとおりであり、規定の文言それ自体からすれば、右条項にいう休業延日数とは、休日出勤の有無等にかかわりなく、現実に行われた休業の延日数をいうものと解することができないわけではない(後に判示するとおり、当裁判所の解釈は右と異なるけれども、省令たる規則において助成金受給の資格や要件を詳細に定めながら、なお右のように一義的な明確性を欠くきらいがあり、関係各規定の定め方が適切、十全なものであるか否かについては疑問なしとしない)。

2  しかしながら、前示雇用調整助成金制度の趣旨、すなわち、右制度は、景気の変動、産業構造の変化その他の経済上の理由により、事業活動の縮小を余儀なくされた事業主が、雇用調整措置の最終段階である労働者の解雇を迫られた場合に、一時休業を行うことによつて解雇を回避し、失業の防止を図ることを促進するためのものであり、具体的には、一時休業を行う事業主が労働者に支払う休業手当の一定割合を、雇用保険の保険料を財源として補助することによつてその負担の軽減を図り、解雇に至る前段階において失業をくい止めようとするものであること、また、労働者の雇用の維持は第一次的には事業主の責務であり、不況等に際してはまず企業努力によつて雇用の維持が図られるべきことを前提とし、不況等が深刻化して個別の経営努力の限界を超えたものについてのみ、産業の共同連帯という理念に基づき当該事業主の休業手当の負担を一定の限度で軽減しようとするものであることに鑑みると、その支給要件の解釈も、前記条項の文理のみによることなく、右制度の趣旨に沿つて合理的になされるべきものと解される。

これを、規則一〇二条の三第一項二号イ(5)に即していえば、右条項は、助成金支給の要件として、休業延日数が所定労働延日数の一定割合(中小企業事業主にあつては一五分の一)以上であることを定めているのみであるが、前記制度の趣旨に鑑みれば、右休業とは、形式的に同項二号イ等に該当するだけではなく、実質的にも右制度の趣旨に合致するもの、換言すれば、事業主が規則一〇二条の三第一項一号の示すような経済上の理由により事業活動の縮小を余儀なくされて、やむを得ず実施する休業を意味するものと解するのが相当である。

本件において、更生会社は、判定基礎期間内に、所定労働日に休業実施計画に従つて休業を実施する一方、同期間内に対象被保険者たる従業員に休日出勤を行わせ、かつその振替休日を与えていないものであるところ、右のように一方において休業を実施するとはいえ、他方で振替休日を与えることなく休日出勤を行わせるということは、一般的にはそれだけの仕事量があり、かつ労働力を必要としたことを意味するものと理解され、このような休日出勤と同時、並行的に行われる休業は、特段の事情(この点後述する)のない限り、事業活動の余儀ない縮小としての休業には当たらないものというべきである。したがつて、現実の休業延日数から振替休日の与えられなかつた休日出勤延日数を控除した日数をもつて、前記規則に定める休業延日数と解するのを相当とする。

3  これに対して、原告らは、請求原因6の(二)(1)において更生会社の事業の特徴を挙げ、休業実施計画段階で判定基礎期間内における受注を予測することは不可能であり、その間に予定外の休日出勤を命ぜざるを得ない事態を生じることは避けられず、右2のような解釈をとるときは、更生会社における小規模休業を助成金の対象から除外する結果となつて、制度の趣旨を没却することになると主張する。そして、更生会社の事業の特徴として右に挙げるものは、<証拠略>によつて、概ね認め得るところである。

しかしながら、右の諸点は必ずしも更生会社に限らず、船舶の修理請負業に共通する性質のものであり、さらには、それ以外の各種業界にも多かれ少なかれ存在すると思料されるし、そのような事情があるために受注の予測が容易でないことは窺い得ても、それが不可能であるとまでは、本件全証拠によつても認め難い。また、予期せぬ発注があつて、振替休日を伴わない休日出勤を命ずべき状況に立ち至るとすれば、それは通常の場合事業活動の回復、活溌化を意味し、助成金制度の予定する事業活動の縮小はなかつたことになるから、右制度の対象外とされてもやむを得ないと考えられるし、経済的な面に限つてみても、右受注による収益増が当然に見込まれるのであるから、助成金の支給が得られないからといつて、更生会社にとつて不当な結果というのは当たらない。さらに、原告らは、休日出勤を必要とするような受注は、助成金の受給を得るために断ることになるというけれども、果してそのように言えるか少なからず疑問であり、むしろ事業主としては、助成金制度をも含めた総合判断を十分に行つて、受注の当否、得失や受注した場合の休日出勤の是非を決することこそが、そのなすべき経営努力であるというべきであろう。

4  以上に考察したところによれば、前記2で述べた「特段の事情」とは、振替休日を伴わない休日出勤の事実があつても、なお経済上の理由による余儀ない事業活動の縮小が矛盾なく認め得られる場合、換言すれば、事業活動の縮小は長期的にも短期的(判定基礎期間単位)にも一貫して継続しているが、その間特別の必要から例外的に右のような休日出勤を命ぜざるを得ない事態を生じた場合に限定して考えるのが相当であり、被告がその反論6及び7において、当該休日出勤が偶発的なものでかつ合理的理由がある場合を除き、休日出勤相当分を休業日数から差引くこととしていると述べる点も、概ね右の趣旨をいうものと理解される。

そして、更生会社における前記争いのない休日出勤は、本件各証拠にあらわれたその実情に照らし、右に述べたような特段の事情によるものとは認め難いから、結局、本件各処分について被告のとつた解釈、判定は、正当なものとして是認することができる。

三  以上の次第で、被告がその主張の理由によつて行つた本件各処分はいずれも正当であり、他にこれを取消すべき事由も認められないから、原告らの本訴請求はいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田川雄三 小西秀宣 金村敏彦)

一覧表

第一処分

第二処分

第三処分

<1>

申請の日(昭和年月日)

58.5.13

58.12.9

59.1.11

<2>

処分の日(〃)

58.5.31

59.1.18

59.1.23

<3>

判定基礎期間(〃)

58.3.21~58.4.20

58.10.21~58.11.20

58.11.21~58.12.20

<4>

所定労働延日数(人・日)

3,509

3,300

3,458

<5>

休業延日数I(〃)

273

497

589

<6>

休日出勤延日数(〃)

240

174

95

<7>

休業延日数II(〃)

33

323

494

<8>

助成金対象額I(円)

2,181,512

3,942,548

4,648,155

<9>

同上II(〃)

0

2,516,055

3,861,824

<10>

助成金申請額(〃)

1,454,341

2,628,365

3,098,770

<11>

助成金支給額(〃)

0

1,677,370

2,574,549

<12>

助成金不支給額(〃)

1,454,341

950,995

524,221

別紙

被告の反論

一 雇用調整助成金制度について

1 雇用調整助成金(以下「助成金」という。)制度の趣旨

(一) 助成金は、雇用保険法(以下「法」という。)六一条の二、同法施行規則(以下「規則」という。)一〇二条の三にもとづく給付金であつて、景気の変動、産業構造の変化その他の経済上の理由により事業活動の縮小を余儀なくされた場合における失業の予防その他雇用の安定を図るため、その雇用する労働者について休業等を行う事業主に対して支給されるものである。

(二) わが国の企業の行う雇用調整措置には景気停滞の状況に応じていくつかの段階があるが、一般に軽いものから重いものへと並べると、<1>残業規制、<2>採用手控え、<3>配置転換、出向、<4>臨時・日雇労働者の解雇、<5>休日の増加、一時休業<6>希望退職の募集、解雇となる。

ところで、わが国の場合、直ちに労働者を解雇することなく、できるだけ企業に温存しつつ、前記<1>、<2>の残業時間規制や中途採用の削減等を行つて余剰労働力の調整を図る傾向が強く、希望退職の募集、解雇といつた措置によつて余剰労働力を企業外に排出することは、急激な経済変動や景気停滞の長期化により、大幅な事業活動の縮小を余儀なくされた場合に限られている。とはいえ、ひとたび労働市場に放出されると、離職者の再就職は、景気停滞時でもあり、とくにわが国特有の終身雇用慣行もあつて容易ではない。

本助成金制度は、右のようなわが国特有の雇用慣行及び労働市場の実態に着目し、景気の変動、産業構造の変化、その他経済上の理由により事業活動の縮小を余儀なくされた事業主が、前記雇用調整措置の最終段階である労働者の解雇を迫られた場合に、一時休業を行うことによつて解雇を回避し、失業の防止を図ることを促進するという考えのもとに創設された制度であり、具体的には、一時休業を行う事業主が労働者に支払う休業手当の一定割合を補助することにより、この負担の軽減を図り、解雇に至る前段階において失業をくい止めようとするものである。なお、助成金は従前は「雇用調整給付金」と称されていたが、昭和五六年に雇用に係る給付金等の整備充実を図るための関係法律の整備に関する法律の施行に伴う関係労働省令の整備等に関する省令により、同年六月八日から助成金となつたものである。

2 助成金の支給要件

助成金の支給要件については、規則一〇二条の三に定められているが、複雑な規定となつているので、本件に必要な範囲で抽出してみると次のとおりである。

(一) 支給の対象となる事業主

次のいずれにも該当する雇用保険の適用事業主であること。

(1) 指定業種に属する事業を行う事業所の事業主(更生会社はこれにあたる。)であつて、景気の変動、産業構造の変化その他の経済上の理由により、当該事業所において、事業活動の縮小を余儀なくされたものであること。

(2) 当該事業所において、雇用保険の対象被保険者について、次のいずれにも該当する休業を行い、対象被保険者に対し休業手当を支払つた事業主であること。

イ 指定業種又は指定事業主ごとに労働大臣が指定する期間(以下「指定期間」という。)内において行われるものであること。

ロ 所定労働日の全一日にわたるもの又は所定労働時間内に当該事業所における対象被保険者全員について一斉に一時間以上行われ、かつ、当該休業の行われた日の所定労働時間外において当該対象被保険者全員が業務に就かないものであること。

ハ 手当(短時間休業にあつては、当該休業の行われた日に係る手当及び賃金)の支払いが労働基準法第二六条の規定に違反していないものであること。

ニ 休業の実施に関する次の事項について、あらかじめ当該事業所事業主と当該事業所の労働者の過半数で組織する労働組合(労働者の過半数で組織する労働組合がない場合には、労働者の過半数を代表する者。以下「労働組合等」という。)との間に、書面による協定がなされ、当該休業協定に定めるところによつて行われるものであること。

(イ) 休業の期間 当該期間の始期及び終期並びにその間における休業の日数等

(ロ) 休業の対象となる労働者の範囲 休業の期間内において、休業を実施する部門、工場等の別及びそれぞれの部門等において休業の対象となる労働者の概数

(ハ) 手当の支払いの基準 手当の額の算定方法等

ホ 判定基礎期間(暦月((賃金締切日として毎月一定の期日が定められている場合は、賃金締切期間))をいう。以下同じ。)における対象被保険者に係る休業(イからニまでに該当するものに限る。)の延日数が、当該判定基礎期間における対象被保険者に係る所定労働延日数に一二分の一(中小企業事業主にあつては、一五分の一)を乗じて得た日数以上となるものであること。

(更生会社は中小企業事業主に該る。)

(3) 対象休業の実施について、あらかじめ、当該事業所の所在地を管轄する公共職業安定所(以下「管轄安定所」という。)の長に届け出た事業主であること。

(4) 当該事業所において、次の書類を整備している事業主であること。

イ 所定労働日、所定休日等について明らかにする就業規則等並びに各対象被保険者の出勤状況及び休業状況が日ごと又は時間ごとに明らかにされた出勤簿等の書類

ロ 手当が労働日又は労働時間について支払われた基本賃金、扶養手当その他の賃金と明確に区分されて記載された賃金台帳及び対象被保険者に対し休業の日又は時間に支払われた手当の額(日ごと又は時間ごとに手当の額が特定し得ない場合は、当該判定基礎期間における支払総額)が明らかにされた書類

(二) 支給額及び支給限度日数

(1) 支給額は、事業主が支払つた対象休業に係る手当の額の二分の一(中小企業事業主にあつては、三分の二)の額

(2) 助成金の支給限度日数は、一指定期間につき、対象被保険者数×二〇〇日である。

(三) 支給手続

助成金の支給を受けようとする事業主は、判定基礎期間ごとに事前に、管轄公共職業安定所長に、休業の実施について届け出たうえ、事後に支給申請書を提出しなければならない。

3 支給要件に関する説明

右2に掲げた支給要件について、若干の説明を付加する。

(一) 事業活動の縮小

助成金の支給を受けるには、まず、指定業種に属する事業を行う事業所の事業主であつて、景気の変動、産業構造の変化、その他の経済上の理由により、当該事業所において事業活動の縮小を余儀なくされたものでなければならない(法六一条の二の一項、規則一〇二条の三の一項一号イ)。

(1) 右の「その他の経済上の理由」とは、広域にわたつて産業全般又は特定産業部門における相当数の事業所の事業活動に影響を及ぼす経済的な理由であつて、景気の変動や産業構造の変化に準ずるような個別事業主の通常の努力によつては対応することが極めて困難な経済事情の変化をいうものであると解されている。

また、事業活動の縮小の理由を「経済上の理由」に限定したのは、本制度の趣旨から、季節的変動のようにあらかじめ事業活動の縮小が予定されている場合や、災害のような局地的な場合、個別経営者の責による場合等を除く趣旨である。

(2) 「余儀なくされた事業活動の縮小」の事業活動とは、本来人と物との結合した総合的な組織活動であり、事業活動の縮小は、より狭義には生産高の減少等生産面における活動そのものの停滞、縮小と理解されるが、生産面でのこの活動の低下は同時に人的側面における残業時間の規制や中途採用の手控え等の雇用量や労働投入量の調整措置をも伴うことが通常であり、雇用調整給付金制度創設の趣旨からして、雇用面での縮小を含むより広義なものとしてとらえるものである。

又、事業活動の縮小を「余儀なくされた」ことが必要であるが、本来事業主は事業を円滑に経営し、その雇用する労働者の生活の安定についてできる限りの配慮をする責務があるのであり、事業活動の遂行について社会通念上必要とされる努力を尽したにもかかわらず、やむを得ず事業活動を縮小する事態に立ち至つた事業主のみが本件制度の対象とされるのである。

(二) 判定基礎期間

本助成金制度は、休業の要件(休業の延日数)の判定支給の申請等について一定の期間を設定し、その期間内の休業について要件該当性の判断を行うこととし、その期間を「判定基礎期間」と呼んでいる(規則一〇二条の三の一項二号イ(5))。右の期間を設定した理由は、任意な期間を設定しその期間内の休業のみを対象とすればその運用が恣意的なものとなり、公平を欠くこととなることから、一般的には指定期間内における休業の属する暦月(賃金締切期間)により判定することとしているものである。

(三) 所定労働日・休業

所定労働日とは、「労働契約、就業規則、労働協約等により労働すべき日とされた日」である。

このように、労働契約等により労働者が労働の義務を負うことをあらかじめ定められている日であるから、疾病による休暇、年次有給休暇、休職等の場合であつても、一般的には所定休日以外の日は所定労働日に該当するものである。

休業とは、「労働者が当該事業所において所定労働日に労働の意思及び能力を有するにもかかわらず、当該所定労働日の全一日にわたり労働することができない状態」である。

二 休日出勤延日数を休業延日数から控除したことの正当性

1 原告らは、規則一〇二条の三の一項二号イ(5)に定める「判定基礎期間における対象被保険者に係る休業延日数」の算定に関し、判定基礎期間内の休日に振り替え休日を与えられないで休日出勤した対象被保険者の休日出勤延日数を控除すべきことは何ら定められていない旨主張する。

しかしながら、本助成金制度は、前記一の1において詳述したとおり、企業努力の範囲を超えた段階におけるもので解雇に至る一歩手前の休業をその対象とするものであり、偶々規則一〇二条の三の一項二号イ(5)の条文に休日出勤について明文の記載がないとしても原告ら主張のように休業延日数と所定労働延日数を機械的に算出すべきものではなく、本助成金制度の趣旨に沿つた合理的解釈をすべきであることは明らかである。

2 すなわち、助成金は、規則一〇二条の三、一項二号イ(5)の規定による判定基礎期間内に一定規模以上の休業を実施した場合に支給することとされているが、これは現に雇用している労働者の雇用の維持は、第一次的に事業主の責任であり、不況に際しては、まず企業努力で雇用の維持を図つてもらい、不況等が深刻化して個別経営の努力の範囲を越えたものについて、産業の共同連帯で当該事業の行う休業に伴う賃金(休業手当)負担を一定の限度で軽減することにより失業の防止を期するという制度の趣旨によるものである。

従つて、規則一〇二条の三、一項二号イ(5)の休業延日数とは事業主の尽すべき責務を尽したうえで、個別経営者の努力の範囲を越えた部分の休業を云うものと解すべきである。しかるところ、所定労働日に休業を実施するとともに一方において所定休日に出勤を命じ業務に従事させることは事業主の裁量に属することがらではあるが、右に述べた事業活動の縮小を余儀なくされ、休業を実施せざるを得ない状態にたち至つた事業主の責務ないし努力の範囲としては、いかに所定労働日数に近い労働日数を確保し、労働者の生活の維持を図るかという一方で判定基礎期間中の所定休日数を確保することであり、やむをえず休日出勤を行つた場合は、代休を与えること等により所定休日数を確保することであつて、振り替え休日を与えることなく休日出勤を命じることは、右事業主の責務を十全に尽したものとはいい難い。

3 本件のうち、第一処分に関しては休業対象者九七人中九一人が休日出勤をし、そのうち七八人については休業日数と同日数あるいはそれを上回る日数の休日出勤が、第二処分に関しては休業対象者九八人中七五人が休日出勤をし、そのうち一三人については、休業日数と同日数あるいはそれを上回る日数の休日出勤が、第三処分に関しても休業対象者九五人中五八人が休日出勤をし、そのうち五人についてはやはり休業日数と同日数あるいはそれを上回る日数の休日出勤がそれぞれなされている。

このような場合については、たとえ、休業実施計画書どおり所定労働日に休業したとしても、反面、休日出勤をさせねばならないほど労働力を休日においてまで必要とする仕事があるのであるから、所定労働日の休業が、助成金の支給の対象となる事業活動の縮小に伴つて発生した余剰労働力の雇用の維持のための休業とは到底考えられないことは明白であり、規則一〇二条の三の一項二号イ(5)に明文化されていないという一事のみをもつて規則の本来の趣旨を曲解した原告らの解釈は明らかに間違つており、休日出勤日数相当分については、所定労働日に休業したものと判定する必然性は認め難く、企業努力による雇用の維持の可能な範囲内のものと判断するのが、規則、本助成金制度の趣旨と合致するのは明白である。

したがつて、本件いずれの期間についても、休日出勤がなされておりながら振り替え休日がとられていなかつたため、助成金支給申請書記載の休業延日数から休日出勤延日数を控除した日数が、規則の前同項二号イ(5)の休業延日数であると判断してなした被告の各処分は正当である。

4 次に、原告らは、規則の前同項二号イ(4)、同一項三号には、予め締結された労働協約及び管轄公共職業安定所に提出された休業実施計画書の各内容に定めるところに従つた休業実施であることを要する旨の定めがあることから、休業延日数は協約もしくは計画書に記載された休業実施期間内の休業延日数以外には考えられず、休業実施期間外の出勤もしくは休業は、所定労働日のそれであれ休業日のそれであれ、同項二号イ(5)の休業延日数とは無関係である旨主張する。

なるほど、同項二号イ(5)に定められた休業延日数とは、休業実施期間内の休業延日数であるという原告の主張は肯認しうるが、それによつて休業実施期間外の出勤もしくは休業は全く無関係であるという論理必然性はどこからも導き出されるところではなく、却つて、原告らの主張は判定基礎期間のもうけられた趣旨をも没却するものであつて独断である。

5 事業の特殊性について

原告らは、更生会社は船舶修理請負業を主体とするもので、事業の特徴として、受注決定後修理船入渠工事着工までの期間が一ヶ月ないこともしばしばあり、工事に手作業が多く、人手を一挙に投入する要があることや工期延長の困難性等を挙げて、休業実施計画準備段階において、短期間休業の場合、休業実施前後の判定基礎期間経過に至るまでの三〇日間の予測は不可能で、被告の解釈は雇用安定助成を目的とする法の趣旨を滅却する旨主張する。

被告としては、原告ら主張のような事業の特殊性については、具体的に知るべくもないところであるが、たとえ原告ら主張のとおりであるとしても、船舶修理請負業である更生会社のみが事業予測困難なのではなく、他の雇用調整措置をしている事業主についても、それぞれ個別の事情・特徴が存するであろうことは容易に推認できるところである。

被告としては、助成金支給申請をした事業主の事業について、申請の都度個々別に事業内容を検討して休日出勤がどのような事情のもとになされたのかを判定することは実際上不可能であり、又、個別の事情によつて、規則の解釈・適用を異にすることは、法の解釈において恣意的判断をすることとなり到底許されるところではない。

原告らの主張が更生会社の実情をも処分の決定の際に考慮すべきであるというのであれば、被告に不可能を強いるものであるといえる。

又、実際の助成金支給申請がなされたときの運用としても、被告は事業主が提出した休業実施計画書どおりの休業を実施していなければ有効と認めないという厳格な適用はしておらず、休業延日数の一割前後の誤差の範囲内であればそのまま有効な休業がなされたと認定している。

さらに、休業実施計画書のうち休業内容等の事項に変更を生じたときは、遅滞なく、休業計画変更届により、その旨を被告に届け出ることを要件として休業計画の変更を認めており、弾力的に対処しているところから、事業計画の変更についても事業主は十分対応しうるものであるから、本助成金制度の活用が滅却され実質的にも不適法であるとの原告らの非難は失当である。

6 以上のような観点から被告は、所定労働日に休業する一方で休日出勤を行うような休日出勤に対する振替休日が与えられない場合の助成金については、次のように取扱つている。すなわち、

(一) 休日出勤が恒常的に行われている場合は、助成金の支給対象となる事業活動の縮小に伴つて発生した余剰労働力の雇用の維持のための休業とは本来考えられないものである。

(二) また恒常的ではなくとも、休日出勤が行われている場合は、必ずしも全ての休業が助成金の支給対象となる事業活動の縮小に伴つて発生した余剰労働力の雇用の維持のための休業であるとは考えられないので、所定労働日に実施した休業日数をそのまま助成金の支給対象となる休業と認定することは相当でない。そこで、助成金の支給に当たつては、同一判定基礎期間内に休業とともに休日出勤がある場合は、振替休日を与える措置がとられているか、又は当該休日出勤が偶発的なものであり、それを行うことについて合理的理由がある場合を除き、実施された休業のうち少なくとも休日出勤相当分については、景気の変動、産業構造の変化その他経済上の理由により事業活動の縮小を余儀なくされたことによる休業とは取り扱わず、所定労働日における休業日数から差し引くこととしている。

7 なお、右6で述べた「休日出勤が偶発的なものであり、それを行うことについて合理的理由がある場合」とは、いずれの事業主にも該当する天災その他天災に準ずるような止むを得ない場合の休日出勤をいうものであつて、業務の繁忙その他事業経営上通常休日出勤が予想される個々の事業主の特殊性をいうものではない。

更生会社の行つた休日出勤は、前記のとおり、出勤人員に多少はあるが、所定休日の殆どに休日出勤をしている状況からして恒常的なものであり、船舶修理業においては、受注量・入渠時期等の予測が困難なため計画受注ができず休日出勤が避けられないという事情をもつて偶発的なものとはいい難い。

個々の事業主の事業の特殊性については、既に述べたごとく、休日出勤は多少の差はあつてもすべての企業において予測されるところであり、原告らの主張する事業の特殊性をもつて、偶発的かつ合理的理由となし得ないことは前述のとおりである。

仮に、原告らの主張するような事業の特殊性が偶発的かつ合理的理由の枠内に入るとすれば、事業主ごとに個別に調査し判定することが必要となり、休日出勤がどのような事情のもとになされたかということのみではなく、工事の受注の状況、必要労働投入量、休日出勤を必要とする延人員等専門技術的な要素まで調査しなければならず実質的に不可能というべきであり、支給要件の判定についてかかる事項まで調査を尽くすべき義務が求められているものではない。

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